人間に生まれる

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昨日に引き続き、本日の投稿は日本ブログ村ランキングサイトでNo.1ブロガーの幣サイト製作者からの寄稿です。

貴重なお写真もアップさせて頂きました。

おかげさまで当店も占いカテゴリ別ランキング7位になりました!(前日比UP↑ 昨日は8位)

皆様のおかげです。

今後ともよろしくお願い致します★

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ある方と往復書簡をしておりました。

彼は生物学者でもありました。

阪神大震災で亡くなった妻の仏壇のお守りもせず、そういったことの一切を長男に任せっきりで、「死んだら終わり」というような人で、バリバリの理系気質で、川柳を学ぶようになってから、亡くなった人には「思い出すことで会いに行ける」と言える人になりました。(「言える」という表現には語弊があるかもしれませんが)

 

下記をお読み頂いて、ご気分を害される人もあられるかもしれません。

やや不適切な表現も含んでいるかもしれません。

 

しかし、故人の遺志を継ぐため、原文をそのまま掲載させて頂くことをお許し下さいませ。

従いまして、ご批判等は一切受け付けられませんので、ご了承下さいませ。


記:

考えてみると私の実母のことを書いたのはこれが初めてです。

映画、特に洋画の好きな人で大戦前に私を連れて映画を見せてくれました。

駅馬車、ノートルダムのせむし男、ロビンフッドの冒険などなど、子供心に覚えています。

私が消える前に彼女のことを伝えておくのが私の役目かと思っています。

川柳講座は幸いうまくいっています。

先日医者だった友人の葬儀に出ましたが、ものすごい豪華さで、かえって寒くなりました。

医者という人種は金の使い方を知らないと思いました。

ではお元気で。

20XX年X月9日


 [人間に生まれる]

私の母は東京生まれの東京育ちであった。

少女の頃、門の前を掃いていると、乃木将軍(乃木希典、1849-1912)がよく馬に乗って通りかかり、「おはようございます」と挨拶すると、サッと敬礼して下さった、という話をよく聞かされた。

私の兄が10歳の時に、鉄道事故で即死する、という逆縁に見舞われたせいか、熱心な仏教信者で、近所の人からまるで仏さんのように優しい奥さんと言われるほどだった。

例えば私がトンボやセミを捕まえて、羽を千切ったりしたら「あんたが両手をむしり取られたらどんなに痛いか考えてごらん。そんな可哀想なことをしたら罰があたる!」とすごい剣幕で叱られたものだ。

そのために私は昆虫少年になれなかった。

その仏さまのような母から、慈悲の心をかなぐり捨てさせられる、不倶戴天の敵が存在した。

ゴキブリ(その頃はアブラムシと呼んでいたと思う)である。

ゴキブリを見付けるや否や、反射的に素手を伸ばして捕まえ、さっとその首を引っこ抜く。

その間、1秒かかるかどうかの早業である。

その動きのなかで、首を引っこ抜く瞬間、母は大きな声で「南無阿弥陀仏!」と叫ぶのである。

そしてその亡骸を紙に包んでポイと捨てる時には必ず「次は人間に生まれておいで」とはなむけの言葉を添えるのを忘れたことがない。

虫の羽をむしり取る私を叱る母と、ゴキブリの首を引きちぎる母と、この不可解な矛盾を見せ付けられてきた私は、少年時代から現在にいたるまで、人間不信から抜けられないでいる。

さらに、多分仏教に基づく思想と思われる「次は人間に生まれておいで」という言葉は、実に難しい哲学的設問である。

私が、今の生を終えた後、再び生命を担ってこの地球に生まれてくることがあるのかという問題。

そしてまた、それがあるとして、その時ヒトのゲノム(遺伝子構成)を担っているとは限らず、ゴキブリのそれかもしれない、そんなことがあるのかという問題である。

末期高齢者としては気になるところだが、どう足掻いても答えは出ない。

真面目に考えると、それこそ華厳の滝へ身を投げたくなるので止めておいたほうが良い。

死語の世界に絶望して自殺するなんて「死んだら殺すぞ!」というギャグを上切りするジョークである。

さらに「次は人間に生まれておいで」というのは差別用語である。

私の母は当時の人間として、人間が一番という思想を持っていたのだろう。

ゴキブリにしてみれば「余計なお世話だ。俺は人間にだけは生まれ変わりたくない」と思っていたかもしれない。

ただ、私の母が人間であることに、また人間としての人生に幸福感を強く抱いていたことが垣間見られて、私も幸せである。

以上、難解な思考遊戯をやってきたが、前世のこととか、死後のこと、それよりもなによりも、現世において何故私がこの私なのかという疑問には、どんなに科学が発展しても解明されることは絶対にないと信じている。

(阪大生研究友会投稿原稿 20XX年X月)


このお手紙を読んだ時、私の知人のことを思い出しました。

彼女はこちらの『当たるも八卦屋さん』の占い師さん達と同様、特殊な能力をお持ちの人でした。

彼女もまた「私のこの能力はお金を戴いてはいけないのです。」と仰っておられた方でした。

 

いつぞやそんな彼女とお茶をご一緒した時に、喫茶店のカウンターに本当に小さな小さなゴキブリが目の前に現れ、その瞬間、彼女は自分が吸っていた煙草の火をその虫におしつけました。

一瞬、私は目が点になったのですが、彼女はすかさずこう仰いました。

「前世、悪いことばかりしてきたからこういう姿になって、こうされるのだ!」

絶句・・・

カウンターの中のマスターも「ごきぶりを出してしまった・・・」ということと、この彼女の行動・発言にパニックになって、やはり言葉を失っていました。(マスターの名誉のために一言付け加えておくと、飲食店ではあってはならないものの、たまたまだと思われます。いつも本当に「清潔なお店」といった印象の喫茶店だったのですが???)

このお話にオチはありません。

あなたならどう解釈しますか?(文・X-ray)

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